Merck Msd マニュアル プロフェッショナル版

2013 Merck MSD Manual ウイルスの概要

https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB/13-%E6%84%9F%E6%9F%93%E6%80%A7%E7%96%BE%E6%82%A3/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81?query=%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E3%81%AE%E4%BA%88%E9%98%B2

ウイルスは最も小さな寄生体であり,典型的な大きさは0.02~0.3μmであるが,最大では全長1μmに及ぶ非常に大きなウイルス(メガウイルス,パンドラウイルス)も近年発見されている。ウイルスの複製は完全に(細菌,植物,または動物の)細胞に依存する。ウイルスは,タンパクおよびときに脂質で構成される外被,RNAまたはDNAのコアのほか,ときにウイルス複製の最初のステップに必要な酵素保有する。

ウイルスは,基本的にはゲノムの性質および構造,ならびに複製方法に従って分類されており,各ウイルスが引き起こす疾患に従って分類されているわけではない。すなわち,DNAウイルスとRNAウイルスに分けられ,それぞれの遺伝物質は一本鎖の場合と二本鎖の場合がある。一本鎖RNAウイルスはさらに(+)鎖RNAを有するウイルスと(-)鎖RNAを有するウイルスに分けられる。DNAウイルスの複製は典型的には宿主細胞の核内で起こり,RNAウイルスの複製は典型的には細胞質内で起こる。ただし,レトロウイルスと名付けられた特定の一本(+)鎖RNAウイルスは大きく異なる方法で複製する。

レトロウイルスは逆転写によりRNAゲノムの二本鎖DNAコピー(プロウイルス)を作製し,それが宿主細胞のゲノムに挿入される。逆転写はウイルスが殻内に保持する逆転写酵素を用いて行われる。レトロウイルスの例としては,ヒト免疫不全ウイルスやヒトT細胞白血病ウイルスなどがある。プロウイルスが宿主細胞DNAに一旦組み込まれると,通常の細胞機構によって転写され,ウイルスタンパクおよび遺伝物質が産生される。感染細胞が生殖細胞系に属している場合には,組み込まれたプロウイルスは内在性レトロウイルスとして定着し,子孫に伝達される可能性がある。ヒトゲノムの配列決定により,ヒトゲノムの少なくとも1%が内在性レトロウイルス塩基配列で構成されることが判明しており,これはヒトが進化の過程でレトロウイルスと遭遇したことを表している。少数の内在性ヒトレトロウイルスは転写活性を保っており,機能タンパクを産生する(例,ヒト胎盤構造に寄与するシンシチン)。一部の専門家は,多発性硬化症,特定の自己免疫疾患,および種々の癌など病因不明の疾患の中には,内在性レトロウイルスによって引き起こされているものがあると推測している。

RNA転写ではDNA転写の場合のようなエラーチェック機構が働かないので,RNAウイルス,特にレトロウイルスは,非常に突然変異を起こしやすい。

感染を起こすために,ウイルスはまず宿主細胞表面にある単一の受容体分子またはいくつかある受容体分子の1つに付着する。次に,ウイルスDNAまたはRNAが宿主細胞に侵入して外被から分離(脱殻)し,宿主細胞内で特異的酵素を要する過程を経て複製される。次に,新たに合成されたウイルス成分が会合して完全なウイルス粒子になる。宿主細胞は典型的には死滅し,新しいウイルスが放出されて他の宿主細胞に感染する。ウイルス複製の各ステップにはそれぞれ異なる酵素および基質が関与しており,それらは感染過程を阻害する上での鍵となる。

 数百種類のウイルスがヒトに感染する。主にヒトに感染するウイルスは,しばしば呼吸器および腸管からの排泄物を介して伝播する。性行為,血液の移入(例,輸血,粘膜接触,汚染された注射針の穿刺を介する),または組織移植により伝播されるものもある。多くのウイルスは齧歯類または節足動物によって媒介されており,コウモリは最近,ほぼ全ての哺乳類ウイルスにとって宿主であることが確認され,その中には特定の重篤なヒト感染症(例,重症急性呼吸器症候群SARS])の原因となるウイルスも含まれている。ウイルスは世界中に存在するが,生まれつきの抵抗力,以前の感染またはワクチンによる免疫,衛生対策およびその他の公衆衛生管理対策,ならびに抗ウイルス薬の予防投与によって,ウイルスの拡大が制限される。

 

2013 Merck MSD Manual  ウイルス性疾患の種類

最もよく侵される器官系(例,肺,消化管,皮膚,肝臓,中枢神経系,粘膜)によってウイルス感染症を分類することは臨床的に有用である。
呼吸器感染症
最も頻度の高いウイルス感染症は,おそらく上気道感染症である。呼吸器感染は,乳児,高齢者,および肺疾患または心疾患を有する患者では,重度の症状を引き起こす可能性がより高い。
呼吸器系ウイルスとしては,流行性インフルエンザウイルス(A型およびB型),H5N1およびH7N9 A型トリインフルエンザウイルス,パラインフルエンザウイルス1~4型,アデノウイルス,RSウイルスA型およびB型,ヒトメタニューモウイルス,ライノウイルスなどが挙げられる( 主な呼吸器系ウイルスおよび 呼吸器系ウイルスを参照)。2012年に,新種のコロナウイルスである中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV— 中東呼吸器症候群(MERS))がクウェートで出現した;このウイルスは,重度の急性呼吸器疾患を引き起こし,ときに致死的となることもある。呼吸器系ウイルスは,典型的には感染者の呼吸器から出た飛沫との接触によってヒトからヒトへ伝播する。

 

2014 Merck MSD Manual  ウイルス性呼吸器感染症の概要

https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB/13-%E6%84%9F%E6%9F%93%E6%80%A7%E7%96%BE%E6%82%A3/%E5%91%BC%E5%90%B8%E5%99%A8%E7%B3%BB%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%80%A7%E5%91%BC%E5%90%B8%E5%99%A8%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81?query=%E4%B8%AD%E6%9D%B1%E5%91%BC%E5%90%B8%E5%99%A8%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4%EF%BC%88MERS%EF%BC%89

診断

PCR,細胞培養,または血清学的検査による病原ウイルスの検出は,一般に時間がかかりすぎるため,患者の診療には役立たないが,疫学的なサーベイランス(すなわち,アウトブレイクの原因を同定・確定すること)には有用である。インフルエンザおよびRSウイルスには,より迅速な診断検査があるが,日常診療におけるそれらの検査の有用性は不明確であり,これらの検査は,特異的な病原体の診断が臨床での管理方針に影響を及ぼす場合にのみ用いるべきである。通常は臨床データと疫学情報に基づいて管理方針を決定する。

治療

ウイルス性呼吸器感染症の治療は通常,支持療法である。抗菌薬は病原性ウイルスには効果がなく,細菌の二次感染に対する予防投与も勧められない。抗菌薬の投与は,細菌の二次感染が発生したときに限定すべきである。慢性肺疾患患者では,抗菌薬の投与制限はより緩和されることがある。

一部の症例には,抗ウイルス薬が有用である。アマンタジン,リマンタジン,オセルタミビル,およびザナミビルはインフルエンザに対して効果的である。

 

 

コロナウィルスはRNAウィルスとしては例外的に突然変異を起こしにくい